台風一過





『運転免許証の発効が遅れているので、少し遅くなります。 郁』

立川駅から少し離れたカフェで郁を待ちながら本を読んでいた時のことだった。
郁から届いたメールを見て、そんなこともあるもんだなと思う。
篤は二つ折りの携帯電話を閉じると、すでに冷めてしまっているコーヒーに手を伸ばした。
飲めば味の落ちた冷たいコーヒーの苦味が口の中に広がる。

今日は二人とも公休で、郁が朝一番で立川警察へ運転免許証の更新に行っている。
郁の更新手続きが終わるのを待って、二人で一緒に立川にあるハーブカフェにランチへ行こうという段取りだ。
待ち合わせ前に、久々に独りでどこかの店に入って、コーヒーを飲みながら本を読むのも悪くはないと思った篤は、待ち合わせ時間よりもかなり早く立川へ到着していた。

郁からのメールを読んでから、本を読む気がそがれてしまった。だから窓際に陣取っていた篤は、ふと、外を見る。
窓という画面の中に人がせわしなく歩いているのが目に映る。
画面の中を流れる人の動きをただただ堂上は見ていた。
どれぐらい外を見ていたのか皆目見当がつかなくなった頃、と言っても時間にすればわずかな時間には違いないが、窓の左端にある横断歩道を見れば、見慣れた姿がそこにあった。
講習が終わるころを見計らって、堂上は自分がこの店にいることをメールで郁には知らせてある。
だから免許の更新が終わればこちらへまっすぐ向かってくることは分かってはいるのだが、それでも姿を見つければ心が少しだけ弾むのは、付き合い始めた頃を彷彿させる。
独身の頃、よく武蔵境駅の入口付近で待ち合わせて出かけていた。
そんなことを思い出している時だった。

「さっきから、ぼんやりしてますね?」

声の方を見れば、20代半ばぐらいの女性がいた。小柄で郁とは対照的な印象の見た目ではあるが、年の頃は郁と同じぐらいか少し年下という感じだ。

「待ち合わせをすっぽかされたんですね!あたしもなんです。
一緒にどこかへ行きましょう!まだ、お昼前だし、このあたりをぶらぶらしながら、ランチでもしましょうよ。」

こっちの都合にはおかまいもなしに一方的にそう告げると、自分の腕を堂上の腕に絡ませる。

ちょっと待て、俺はすっぽかされたとは一言も言っていない
俺は、郁から、遅れるからというメールも貰っている
それ以前に俺はここで本を読みながら郁を待っているだけだ。

そんなことを思いながら、堂上は目の前にいる女をどう振りほどこうかと考えている時だった。
ガラス1枚を隔てて、すでに半径1m以内のところに郁がいた。

「連れが来たので、失礼。」

ヤバイと思いながら堂上が短く言って立ち上がりながら、ガラスの向こうに郁を指し示した。

「あら、いないじゃない。」

そう女性が言うのでそちらを見た。
いるはずの郁がいない。
その女性はと言えば、堂上の言うことを聞かずに堂上の腕に自分の体を押し付けた。
自分の知らない柔らかい感触が、堂上の腕に乗っかっている。
ちらりと見れば、そこには胸があった。
その女のアピールポイントであることは、明白で、谷間を意識した服がそれを物語っている。
見てはいけないものだと思いつつ、そこから視線を外す。
堂上も振りほどけばいいことぐらい分かってはいるが、どう振りほどいていいのか皆目見当もつかない。
自分の腕にその女の胸が密着しているからだ。
堂上のそんな事情を知ってか知らずか、その女は更に堂上との密着度を高める。
女が「さあ、行きましょう。」と言った時だった。

「篤さん、なに女の人といちゃついているんですか!」

そんなことを言いながら郁は堂上の前に立っていた。
郁の口元が引き攣っているのが分かる。
ヤバイ、いつから見られていたんだ。
そんなことを心の中に押し留め、堂上は郁を見た。
郁もこちらを見ている。

「あっ、胸なんて押しつけられちゃってるから、鼻の下、いつもの倍以上に伸びています!」
「なんでそうなるんだ、俺の方から腕を絡ませている訳じゃないだろ!」
「そんなの関係ない。腕なんかしっかり絡まっているじゃないですか!しかも密着なんかして!何で振りほどかないんですか!」
「ほどこうと思ってもどうほどいていいのか分らなかっただけだ!一般女性に対して乱暴な扱いはできるわけないだろう。」
「ただほどくだけですよ。あたしが貧乳だから、嬉しかったくせに!だからほどかなかったんでしょう!」
「嬉しいとかは思っとらん!そもそもお前の貧乳は関係ない!」
「貧乳が関係なかったら、何が関係あるんですか?
あたしが戦闘職種の大女で色気がないから、小柄で女性らしい色香のある人に声をかけられて嬉しかったんだ!」
「そんなこと一言も言ってないだろう!」
「言ってなくても、そう思ってたんでしょ!」
「そんなこと思うか、このドアホ!
お前だって十分女だ!そもそも女じゃなかったら、そんなデニムのスカートなんぞ穿かんだろう!
それにあれほど膝上のスカートをはくなと言っているだろう!
変な男どもに見られたらどうするんだ、このドアホウが!
それにな、お前が女じゃなかったら、お前と結婚どころか付き合ってもないわ!
お前にそれなりの色気がなかったら夫婦生活など営めないだろう!
もっと考えてものを言え!」

二人の様子を女は呆気にとられてただただ茫然と見つめていた。
そしてなんとなく目の前にいる郁の姿を見れば、美人というよりもかわいい系統の顔立ちで、スタイルだってそこそこの有名女性誌を飾るモデルと比べても見劣りしないぐらいのれっきとしたスタイルの持ち主だ。
特にデニムのタイトスカートからすらりとのびた長い足は、女の自分から見ても羨ましいものだ。
確かに自分と違う種類の色気があることは認めざるを得ないなとも女は思う。

「結婚して、初めての免許の更新で、初めて篤さんと同じ姓の免許証をもらった日なんですよ!
『堂上郁さん』って呼ばれて初めて貰った免許証を篤さんに見せるをの楽しみにしていたのに、それを知っていてなんで、女の人なんかに絡まれているんですか!
そりゃあ、結婚と同時に名前を変えたものとかたくさんあるし、運転免許だって名前はちゃんと変えてありましたけど、それでもやっぱりちゃんと堂上の名前で交付されたものは初めてだったから・・・。それなのに・・・」

最後の方の郁の声は小さくなっていく。堂上としてはすまんと短く言うほかない。
そしていつものように手を郁の頭に持っていく。
ポンとその手を郁の頭の上に置き、くしゃりと髪を一撫でする。
堂上がくしゃりと郁の髪を撫でた時だった。
そう言えば、腕にまとわりついた嫌な感触がないことに堂上はよやく気づいた。
だからという訳でもないが、堂上は視線だけでとりあえずその女の存在を探せば、その女はカップや皿の返却口付近にいて、気まずそうにこちらをちらりと見てから、足早に店の出入り口へと向かって行った。
そしてようやく周囲の視線が自分たちに向けられていたことを思い知る。

ゴホン

わざとらしい咳払いを堂上は一つする。

「あとで、ゆっくり新しい免許証を見せろ。」

そう堂上がぶっきらぼうに言うと、郁もまた嬉しそうにうんと頷く。
郁がうなずいたのを確認すると、じゃあ行くかと声をかけ、半分ほど残ったコーヒーのカップを返却するために返却口へと二人で向かったのだった。






言の葉文庫のakirakoさんからの強奪品v

いえ、キリ番の5万踏んだだけデスヨー(笑)
で、ちゃっかりリクエストさせて貰ったんですよ。

「堂上さん逆ナンされてて、いちゃいちゃバカップル(新婚)」って、リクエストしたんですが、思ってた以上に甘いのキター!!
公衆の面前で、凄い事言ってるよ、堂上さん(笑)
この2人をナンパすると、色々な意味でエライ目に合う事がよくわかりました(笑)

本当にありがとうございます。
踏んでよかったー!!




inserted by FC2 system